とり

 

いつだって可能性を自分で狭めることはしちゃいけないって思う。

 

 

 

毎日の小さな選択から将来に係る大きな選択まで、この19年間でいろいろしてきた。

 

莫大な選択肢から毎回選び取ることは、非合理的で時間も労力もかかるから、そのとき自分が置かれた状況を鑑みて自然と選択肢を狭めている。

もちろん、そうしないと円滑な生活をおくれないからみんなそうしている。無意識に。

 

お風呂で洗顔した後は何をしよう、と考えたとき「靴を履くこと」か「体を洗う」かで迷う人はいない。そういうことが言いたい。日本語難しい。

 

で、生きるために必要な上記みたいな選択に関してはそれでいいと思うけれど、

進路の選択については無意識のフィルターを外さなきゃならないと思う。

 

 

たかが大学1年生なので大きな選択なんて高校受験と大学受験、それに伴う文理選択だとか所属する部活動の選択くらいしか経験してない。

 

それでも毎回思うのは、自分でこれはできる・できないって勝手に判断してるよなあっていうこと。身の丈を把握することは大切だけど、それでも無謀さと果敢さは違うってどこかの少年漫画で読んだ。

まだ若いんだから無謀なんてことはないはず!大人になっても挑戦はしたい!

たとえば文理決めるときに、結果文系を選んだけれどけっこう迷った。理系にかなり興味はあったから。ただ最初に思ったのは「理系教科難しいからついていけなくなりそうだな」。だれが分かるねんそんなこと。まだやっとらんのに!

そういう弱気発言で可能性を狭めちゃいけないよねって話。まぁ理系に行っても医者とかなれないだろうし文系でコツコツやるかーと決めてしまった身なので説得力に欠けるけど。医者、なれたかもしれんかったじゃん(´;ω;`)

 

今からだって医者もなろうと思えばなれると思うけど。だって私やればそれなりになんでもできるじゃん?

こういう姿勢でいたいんだよね。

 

挑戦するってことは困難に自ら進んでいくっていうことになるから、それなりの覚悟と根気強さは必要。なかなか難しそう。

今は挑戦していることはないけれど、これから先思い切って挑戦するとき、私ならきっとできるって言っておこう。できるよ~腐らないで行こう!

 

 

以上!